第2章:真の「才能」は後半に現れる——エリートと凡人を分ける「疲労下テスト」
第2章:真の「才能」は後半に現れる——エリートと凡人を分ける「疲労下テスト」
シリーズ: Durability:マラソン後半の失速を科学する 種別: 本編第2回
金田と鉄雄の「後半EF」を並べてみた
丹沢主稜を歩いた翌日,金田はGarminからデータをダウンロードし,鉄雄にメッセージを送りました.
「昨日の山行データ,前半4時間と後半4時間でEFを分けて比較してみた」
鉄雄が送り返してきた数値と並べると,こうなりました.
| 前半4h EF | 後半4h EF | 低下率 | |
|---|---|---|---|
| 金田 | 1.82 | 1.74 | -4.4% |
| 鉄雄 | 1.85 | 1.41 | -23.8% |
前半のEFはほぼ同じです.鉄雄の方がむしろ僅かに高い.しかし後半4時間で,鉄雄のEFは崖から落ちるように急降下していました.
「前半は俺の方が上じゃん」 と鉄雄は返しました.
「そう,前半はね」 と金田は答えました.「でも8時間の山行では,前半の数字は意味がないんだ.後半のこの差が,バス停での30分の差になった」
🤔 2人のVO₂max,年齢,体重はほぼ同じ.フレッシュな状態の「スペック」では差がつかない.しかし4時間後の数字を並べた瞬間,歴然とした差が浮かび上がりました.サッカーのスカウトにはこんな格言があるといいます——「前半で選手の技術がわかる.後半で選手の本性がわかる」.
前回,Durabilityの概念と定義を読み解きました.理論は揃った.では次に必要なのは測定です.Durabilityを実際にどう測り,どう使えば良いのか? 2025年,スペインの研究グループが2つの論文で答えを出しました.
まず確認すべきこと——「物差し」は信用できるのか
どんなに魅力的な概念でも,測定がブレブレでは意味がありません.先週と今週で全く違う数字が出るなら,物差しとして使えない.
Mateo-March & Zabalaはプロサイクリストのデータから,Durability測定の精度を検証しました [4].
- SEM(標準誤差)< 5% —— 測定のブレは5%以内です
- ICC(級内相関)> 0.90 —— 繰り返し測ってもほぼ同じ値です
ICC 0.90超はスポーツ科学で「優秀」に分類される信頼性です.MMP低下率は,再現可能な「物差し」として使えます [4].
しかし重要な但し書きがつきます.選手間の変動率は約36%です [4].ある選手はMMPがわずか2%しか落ちないのに,隣の選手は30%以上落ちる.
🤔 これを山で考えてみてください.同じ行動時間8時間の山行で,ある人は後半のペースがほぼ変わらず,ある人は40%近くも遅くなる.この「個人差36%」こそが,Durabilityを個別に測定しなければならない理由です.
だからこそDurabilityの評価は個別化が必須であり,疲労プロトコルにはkJまたはCP比を使い「同じ相対的疲労度で比較する」発想が要ります [4].
46人の若きサイクリストが教えてくれたこと
物差しの信頼性が確認できたところで,いよいよ実戦投入です.
Mateo-Marchらは46名のジュニアサイクリスト(17-18歳)を2群に分けました [5]:
- ILG(国際レベル) 20名
- NLG(国内レベル) 26名
まず,フレッシュな状態のスペック:
| 指標 | ILG | NLG |
|---|---|---|
| Critical Power | 383 W | 341 W |
| MAP | 434 W | 391 W |
ILGが全面的に上回ります.ここまでは「まあ,そうですよね」という結果です.
「セカンド・テスト」で風景が一変する
ここからが本題です.CP超過の仕事量で疲労させた後にMMPを測ると,風景が一変しました [5].
1分MMP(短時間・無酸素寄り):
NLGの方が低下率が小さいです(-4.37%).短時間スプリント能力では,国内レベルの方がむしろ「崩れにくい」.
この結果を見たとき,正直驚きました.「上手い選手の方が全てにおいて崩れにくいはず」——そんな直感に反するデータです.
🤔 登山で言うと,「疲れた後の急な岩場の登り(短時間・爆発的な出力)」では,体力が低い人の方がむしろ劣化率が小さいことがある,ということです.体力がある人ほど,フレッシュ時に高い出力を出している分,疲労後の「落ち幅」が大きくなる.
5-30分MMP(長時間・有酸素寄り):
逆転が起きます.ILGの低下率はわずか約1.7%,NLGはそれより大きく崩れました [5].
🤔 こちらは「疲れた後の長い登り返し(30分かかる尾根の登り)」のイメージです.5時間歩いた後の残り30分の登り——エリートはフレッシュ時とほぼ同じペースで登れるのに,そうでない人は目に見えて遅くなる.
つまり,こういうことです.国際レベルの選手は短時間出力では疲労後に大きく落ちるが,5-30分の「持久的な出力」ではほとんど崩れない.これがDurabilityの本質であり,エリートと非エリートを分ける本当の分水嶺です [5].
2枚のレントゲンで見える真実
従来の体力テストは1枚目のレントゲン——「器」の大きさがわかります.セカンド・テストは2枚目のレントゲン——疲労という負荷をかけ,「構造の強度」を見ます [5].
1枚目だけで才能を判断することは,外見だけで建物の耐震性を判断するようなものです.見た目が立派でも,地震(疲労)が来た時に崩れるかどうかは,負荷をかけてみないとわかりません.
私自身のデータに当てはめると,あの雲取山の経験が腑に落ちます.行動時間の前半4時間と後半4時間で,EF(Efficiency Factor)がどう変化したか.私の場合,後半のEFは前半に比べて明らかに低下していました.フレッシュな状態の数字だけでは,6時間後の自分は予測できなかった.
🤔 あなたも試してみてください.次の山行で,前半と後半のEF(VAM÷平均心拍数)を別々に計算するだけです.前半EF=1.85なのに後半EF=1.50なら,あなたのDurabilityは約19%低下している.この数字こそが「2枚目のレントゲン」です.
疲労後のデータこそが,本当の持久力を映し出す鏡なのです.
金田と鉄雄の「2枚のレントゲン」
鉄雄は金田から送られたEF比較データをしばらく眺めていました.
「前半はほぼ同じなのに,後半で6倍近い差がつくのか……」
金田は頷きました.「これがMateo-Marchらが言う『セカンド・テスト』なんだ.1枚目のレントゲン——つまりフレッシュな状態のスペック——では,俺たちに差はほとんどない.でも2枚目——疲労後のレントゲンを撮ると,骨格の強度が全く違う」
Mateo-March et al. (2025) は,46名のジュニアサイクリストを対象に,フレッシュ時と疲労後の2段階テストで能力を測定しました.1枚目(フレッシュ時)では差が小さかった選手同士が,2枚目(疲労後)では5-30分MMPの低下率に歴然とした差を見せました [5].
鉄雄は聞きました.「じゃあ,俺は何を変えればいいんだ?」
金田は答えました.「まずは毎回の山行で,前半と後半のEFを分けて記録すること.それだけで『2枚目のレントゲン』が撮れるようになる.数字が見えれば,何を変えるべきかも見えてくる」
🤔 金田の後半EF低下率 -4.4% vs 鉄雄の -23.8%——この差は,VO₂maxのような「持って生まれた器」の差ではありません.自宅での自重筋トレ20分×週2回,ウォーキング45分×週3回,そしてEFを追跡し続ける習慣——金田が積み重ねてきた「時間軸の練習」が,2枚目のレントゲンに映し出されていたのです.
次は「メカニズム」だ——90分の壁の正体
定義し,測定しました.では次の問いは「なぜ崩れるのか」——メカニズムです.
次の第3回では,90分と120分を境に体の中で何が起きるのかを読み解きます.VO₂peakの-7.1%崩壊,REの+5.8%悪化,そして「ドメイン・スリップ」という恐ろしい現象.長い山行の後半で足が動かなくなるメカニズムが,分子レベルで見えてきます.
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